中村草田男の精神を正しく継承する
森の座
「青小笹」2025年1月号掲載
泣きにゆく裏山もがな小六月
うしろみのやうに静かな小春山
冬山の合せ襟めく親しさよ
自転車は放り出すもの枯堤
瀬頭のしろじろと待つ冬至かな
層雲を解かん一鑰(いちやく)冬ひばり
被告席めける高みに冬の鵙
柴漬の中にまぎれて青小笹
柴漬を一日だれも揚げに来ず
寒菊のほとけの花として育つ
「ひとかけあらば」2024年12月号掲載 横澤放川
晩菊のずつと向かふを母のやう
踏めば鳴る落葉無精に踏みわたる
眠る山ひとつふたつはみなつつが
鷹仰ぐゆゑに我等に風の来る
到来す空也の痩の乾鮭が
乾鮭のひとかけあらば千空と
空也の痩一遍の痩薬喰
待降節ゆふべゆふべの濁るとも
冬蔦や日課正しく修道女
冬蔦も悶え縋りてつひに攀づ
「はづまんず」2024年11月号掲載 横澤放川
保育園きのふけふあす落葉掻
柴犬のさながら正座冬日中
いくらでも散る山茶花のけふも散る
白玉の泡ひとつ吐き冬泉
はづまんず冬蜆蝶へと冬蜆蝶
乏しむな冬蜆蝶へと冬蜆蝶
花茶垣朝から唄ふ保育園
日に討たれ屈せしさまに冬の蜂
冬の蜂仮面とり憑き離れない
己が身の日を舐めてをり冬の蜂
「風の疵」2024年10月号掲載 横澤放川
枯葦の近づき行けばぞめきだす
枯葦がしいんと我を瞶(みつ)めゐる
枯葦の奥にありあり日の烟る
枯葦の折れたるもはや臥せたるも
枯葦に探し疲れて風ひそむ
枯葦の中から人形抱く少女
枯葦は戦ぎ杙は立ち尽くす
枯葦のもとになんでも来て溜る
枯葦へひらきつやつや稲荷鮨
枯葦や水の上には風の疵
「もうすぐに」2024年9月号掲載 横澤放川
しがらみを抜けてしがらみ木の葉時
けふいくつきのふはいくつ花茶垣
花茶垣小喜びならどの家にも
ここで産みここに栖むひと冬野菊
時雨傘まことしぐれとほどの濡れ
赤ん坊はおつむもくるめ木守柚子
畠あれば畠隅のある冬小菊
もうすぐに日のまはりくる冬小菊
石塊も温かきもの冬の蠅
冬の鵯薄暮は人をいたぶるよ
「容赦なし」2024年8月号掲載 横澤放川
きりきりと晴れ鎮もりて鵙の天
双眼鏡いまあらば鵙我のもの
鵙ツ子の怒り狂へば幹を駈く
中村明子さんよ
おもひでのいまにこまやか楡もみぢ
立冬やここぞと光る黒瓦
天井に虻が一点冬立ちぬ
初冬や雀は常の弾みやう
心配してくれなくつても帰り花
冬畳こぼれて飯粒(いひぼ)持仏めく
枯蟷螂上天青さ容赦なし
「離るなよ」2024年7月号掲載 横澤放川
貝割菜いのちたちまち土を割る
貝割菜降れば光はふんだんに
白菊や情はしづかに裹むもの
秋雲の端(は)にすがる雲離るなよ
ものこぼしものをひらひて秋の風
行楽の雲よと呼ぶも言さやか
叔父伯母も昔むかしや菊枕
時の歩の芋茎にのこす赭き色
秋の畠ものの仕舞ひの火は尊と
晩菊捨つ仏づとめの終りたる
「鳥沢猿橋」2024年6月号掲載 横澤放川
朝顔の紺はゆづらぬ終の花
白粉花やちまちま遊ぶ童女たち
立挙(たてあげ)のやうな容の紅葉山
まあここの石に坐れや小春雲
深葛のままに末枯兆したる
枝ほきと枝ほきとかな柿を採る
竿一人受け手が一人柿を採る
青空に塗つたるかなの柿のつや
冬の鵙青天井に名乗り出づ
冬鵙のだんまり遠く犬の吠ゆ
「一熟柿」2024年5月号掲載 横澤放川
魚を焼くその間も秋の時移る
金柑と金柑みたいなお婆さん
老人福祉記録映画を観んとて川越へ
スカラ座を探して歩く秋日和
柿ひとつかかる立志の色もある
少年に薄々夏の頃の疵
桐の実に青空負けて居れずなり
靴紐へかがむときにも秋高し
青空も次第につやや実り柿
すつぽりと祖母のおもかげ一熟柿
末枯や郵便受は赤く待つ
「ひかるなり」2024年1月号掲載 横澤放川
このごろは雲かろがろと胡桃の実
あをあをと秋のすすみや胡桃の実
白萩を風はいつまで忘れゐる
椋の木の椋鳥を騒がす秋静か
秋灯下薄は影も投入れに
嬉しさはさもこぼるるよ蔓むかご
秋風にこころ紙帛のごとく鳴る
この世はな曼珠沙華さへ雨に濡る
白く咲くさびしくないか曼珠沙華
白露に束の間の時ひかるなり
「忘れては」2023年12月号掲載 横澤放川
秒針に秋ひやひやと刻々と
雄鶏立ち雌鶏坐る秋の土
曼珠沙華赤しその茎真青さに
ものこぼし父母こぼし露の秋
秋霖が涛打つ涛が己れ打つ
お白粉や人睦みては諍(さか)ひては
稲雀逃げて散らつて集まつて
流亡はいまもどこかで稲雀
忘れては思ひ出でては威銃
忘れては己れ驚く威銃
「うかうかと」2023年11月号掲載 横澤放川
ほきと折り水に挿すべし秋海棠
新涼やさくりさくりと鍬鳴かす
葡萄一粒草田男一句と甲乙なし
連嶺のどの嶺撃つたる威銃
魚店の前に足止む秋めくよ
店の魚みんな泪目白露なり
白露この夜は泣くなよ夜泣石
ご不浄となんどいふさへさやけさよ
赤とんぼ止まる止まらぬ止まりけり
うかうかと生きてゐるから威銃
「たれならん」2023年10月号掲載 横澤放川
月代や今朝の箒目そのままに
かもかくも勿体なさや盆の月
月代のなにくるほしといふでなく
月光の香のごとくに降りそそぐ
たれならんけふを白露と名づけしは
けふ白露慎しみ啼かず暁烏
白露読む三千世界といふ言葉
けふ白露なににもあらず泪ぐむ
魚買ひて帰る男も白露かな
病子規のそして亡父の秋海棠
「そのままに」2023年9月号掲載 横澤放川
浮雲はどうせ去るもの白嫁菜
朝さやか山鳩さやか喉で啼く
秋日和うかうかと出て蜘蛛走る
坐す人のほとり得て坐す秋立ちぬ
どの家にも今日といふもの花木槿
月代や今朝の箒目そのままに
月光をうましうましと岩の心
木には神草には仏露月夜
われのみのわれにとなくに盆の月
嗚呼といふ口して仰ぐ盆の月
「眉目動く」2023年7月号掲載 横澤放川
雲の峰出されて皿の平一枚
雲の峰こころ動きて眉目動く
落蟬の赤子さながらひとぐづり
松葉牡丹末子唱はぬ日とて無し
松葉牡丹ともに棲む日々短かさよ
松葉牡丹悲しい日なら目を閉ぢて
活栓のひそまりかへり夏休み
呼鈴をしつかりと押す日の盛
晩涼や双耳弛めず日本犬
割り卵黄身を堪へて朝ぐもり
「こゑやこゑ」2023年6月号掲載 横澤放川
音もなくすすむ齢や竹落葉
朝曇車中赤子のぐづりごゑ
白雲は芯といふ無し青胡桃
白粉花や犬洗はれて貧相に
座頭虫こども抓んでしまひけり
団子虫筬虫放川鋏虫
六月や空も本来水に満つ
新生即更新泉のこゑやこゑ
流燈会流しながらにあとを追ふ
きのふけふあすかな松葉牡丹かな
「あげませう」2023年5月号掲載 横澤放川
洞窟出てヒトは何した猫の恋
福島に春幾たび
白蠟のやうに三月不幸かな
かつて波崎にて出会ひし
寝釈迦(ののさん)に花あげませう子供たち
永き日の母来たり祖母帰つたり
永き日の気ぜはしきもの雄鶏は
もんしろもこどもも止まること知らず
ひらひらと世にこどもかな蝶々かな
春の蠅刹那ほとけの彩させる
うらうらと痛点溶けてゆくやうな
永き日の風に忘られ風見鶏
「きのふより」2023年4月号掲載 横澤放川
もの湯掻きゐる早春のかたときよ
けふは春寒しとなさず家を出づ
手をかざすさへまぶしさよ猫柳
きのふよりけふがかがやか蝶生まる
初蝶のどこへ逸るるも日にまみれ
人寰のあれば隅あり沈丁花
犬ふぐりひとつひとつが己が位置
うらうらと軒は古るとも雀口
白梅や飴の中から薄荷の香
白梅や胎児はおのれ握るのみ
「風紋も」 2023年3月号掲載 横澤放川
わかしほに乗り春光へ春潮へ
上総なり一宮なり初燕
上総は昔日ちちははの流離の地にして
なにかなし総のほとりの春草が
この土手も土筆の頭焦げる頃
われわれに信ずる明日か土筆摘む
つくし摘む指に思ひ出うすみどり
自転車を下りて持つまま春の海
旧作〈父恋し氷の旗の浪千鳥〉は当地を追懐せし坦懐にて
風紋も春愁もそれ繰り返し
一家族ほどの足迹春渚
補陀落はやはりありさう春の海
「ほぐすより」2023年2月号掲載 横澤放川
青空と信じ青空寒土用
千空よ
ぬばたまの夢の又夢寒蜆
鷹揚りゆくとき我も身をる
風呂吹の眠るごとくに透きとほる
ひりひりと天は青磨ぎ寒中梅
冬晴へ歩むはむしろかるがに
春隣綱に甘えて船軋る
小膝より人は衰ふ鳥雲に
ほぐすより古縄は切る垣手入
きつといい母さん春の干蒲団
「春子なり」2023年1月号掲載 横澤放川
しつとりとみどり子睡る笹粽
笹粽ちちはは遠く育ちけり
畳屋は香りの仕事夏立ちぬ
清和なり薬罐に水を注ぐさへ
我もまたに出たり夏雲雀
堤塘を若き父母初南風
麦秋やいのちに噎せて少年期
農夫地に大工足場に夏燕
かたばみの花年々の神学生
春子なり豊干の拾ひたる子なり
「歩まんず」令和2年1月号(創刊号)掲載 横澤放川
太箸が用意のものの中に見ゆ
復興といひては忘れ松立ちぬ
一望の冬田肝胆ぬくとまる
朝北風へいつそ翻き出でんかな
仁義礼智忠信孝悌龍の玉
遊び伽とよ龍の玉草帚
少年期より赤かつし消防車
寒晴や雀のこゑのしたたかに
寒晴やぴりりぴりりと烏の目
寒晴や文字を忘れて歩まんず