​「森の座」代表

今月の​横澤 放川 (よこざわ ほうせん)

「飴色に」 令和3年1月号掲載  

 

浦あれば浦に棲みなす聖五月 

開襟のまだしもこころもとなさよ 

柿若葉なにか薪割りでもせんか 

早苗箱届き水口水の唄 

田植機のひと日玉(たま)泥(ひぢ)塗れなる 

早苗箱十も重なりもう乾く 

こゑさまざま水口のこゑ練雲雀 

黒揚羽踊れりやはり蝶ならず 

盆来るや自在の竹も飴色に 

深山蝶荒々もつれ遥拝所 

「あをあをと」令和3年10月号掲載 

 

泉への道我の知る我を知る 

泉辺に全身汗に瀆れつつ 

泉辺にまだ鎮まらぬ胸の鐘 

深泉渾身のものこゑ立てず 

清まんと泉の沙の雀躍りす 

ことのはよ泉の心(しん)が生むやうな 

泉飲む偸むが如くにも思ふ 

いのち白し泉に冷えてさざれ蟹 

鳴る泉吾子等呱たりき呱々たりき 

円き泉日本のことばあをあをと

「草田男以後」令和3年9月号掲載

 

清々五月真之の雲子規の雲 

青蜥蜴生兵めきてひた伏せに 

青蜥蜴怯えごころはへばりつく 

けふ我の前途けざやか蜥蜴走す 

夏松籟草田男以後を歩むかな 

青嵐店頭累々赤卵 

新樹林やや重たげに黒鶫 

日焼男が手でいふ昨の大波を 

一帆の白(しら)箭(や)と速し大南風 

小満や畳屋仕事香らせて 

「親子雲」令和3年8月号掲載

 

父母のもと姉姉弟鯉のぼり 

堤塘を若き父母初南風 

屋根ぐらゐ跳び下りる猫柿若葉 

日がほどくのか小風がか白牡丹 

折鶴の尾羽こぞれる松の芯 

疲れたりすれば竹さへ竹の秋 

吊皮に吊られたがる児聖五月 

馬虻のこゑやこれより夏旺ん 

孟夏なり鴉の尾羽も虹色に 

けふご飯なあに夕焼親子雲 

少年期 令和3年7月号掲載

 

しつとりとみどり子睡る笹粽 

笹粽ちちはは遠く育ちけり 

畳屋は香りの仕事夏立ちぬ 

清和なり薬罐に水を注ぐさへ 

我もまた天端(てんば)に出たり夏雲雀 

麦秋やいのちに噎せて少年期 

春子なり豊干の拾ひたる子なり 

堤塘を若き父母初南風 

農夫地に大工足場に夏燕 

  乏しき時代にも汝らを信じ感謝しつつ講義に勤しむ 

かたばみの花年々の神学生 

弱し強し 令和3年6月号掲載

 

山茶花がこぼれ狂水漏れ続き 

大綿によく逢ひし冬もう逢はず 

畏れつつ冬の泉に口をつく 

保育所の畠の菜つぱ冬雀 

手袋のもも色そら色たまご色 

雲ふふむ冬日よけふの我弱し 

雲を割る冬日やけふの我強し 

なんとなく湯ぶねの柚子の寄りあへる 

年の暮仰げばあるや空の胸 

笹掻のつぎつぎ黔む年の暮

送信す  令和3年5月号掲載

 

冬の日の仕上砥かけてゐるやうな 

老婆剪るほとりの冬菊を 

一刹那冬夕焼の絶頂は 

茹玉子微かにゆるぐ冬の地震 

どうしても指に拾へぬ木の葉髪 

家の灯のそこに見え来る冬ごころ 

少年に玉の弾力万年青の実 

冬の日のものの名前が出てこない 

枯れしもの縋るもの垂れ下がるもの 

みんなみの君の冬へと送信す 

姿かな 令和3年4月号掲載 

 

両手荷に決まる重心冬さだか 

冬菊に帰るさもまだ日差かな 

冬の水待つたる朝の輝きに 

残菊にしばしまなこをあたたむる 

枯山といふはくるまりやすさうな 

冬菜畑手入は急ぐこともなし 

小春凪乳房のそばにゐるやうな 

こんな日はぽかぽか冬の藁塚を見に 

冬菊の立つともなしに姿かな 

此の国のものとさへなく真白富士 

冬の虹  令和3年3月号掲載 

 

そのほとりこのほとりもう冬日かな 

冬立ちぬ蝶のむくろを兆(しるし)とし 

十一月見知らぬ店に昼餉摂る 

冬川を渡る忽ち眩しさよ 

出でたるへすなはち帰る枯蓮 

逝かれてもなほ胸騒ぎ冬の虹 

そそくさと来て冬蝶に歩をゆるむ 

大石は据わりて枯野軽くなる 

枯野へと躍り込んだり総(ふさ)捲尾 

掌はやすらふところ柚子ひとつ 

ありがたう  令和3年2月号掲載 

 

父母恋し松に縋りて蔦紅葉 

先週のあたりからとか尉鶲 

文京区白山二丁目実南天 

松手入姿形といふことを 

松手入して青空もかたち佳し 

赤ん坊と日々乗合はす菊日和 

夕どきはみんな西見る鵯のこゑ 

ぱつちりはどつち赤ん坊野紺菊 

柿二つおまけの一つありがたう 

しぐるるや蛸あかあかと茹であがる 

これやこの 「森の座」令和3年1月号掲載 

 

むらさきに山は明けゆき鷹渡る 

二万五千羽魁け一点鷹渡る 

指呼一点今年の稚き鷹といふ 

西行のこれやこの山帰りかな 

  ※わか鷹をいふ。「すたか渡るいらこが崎をうたがひてなほきにかくる山帰りかな」 

鷹柱大地を離(さか)りゆく業ぞ 

乗鞍の全晴全姿鷹渡る 

めくるめくほどの紺天鷹渡る 

よべ銀河わたりし天を鷹渡る 

渡り鷹仰ぐ背らを山日灼く 

鷹渡る天を信ずる者渡る 

「葛さわぐ 」 「森の座」令和2年12月号掲載 

 

初しぐれ溶けてさびしき和三盆 

しがみつく殻さびしけれ貝割菜 

野地菊や家につながれ白き犬 

秋霖のボートに溜まる空しさよ 

小さくて真ツ黄色なり秋の蝶 

母いづら安寿いづらや葛さわぐ 

横顔は見するものかも野紺菊 

白すすきわれも此の世の迷ひ風 

螽斯チョンと赤ん坊寝返りす 

晩菊と人はいふとも薫る菊 

光るかな  「森の座」令和2年11月号掲載

われいつし清かに帰る山の音 

曼珠沙華這子坂とはおそろしき 

秋夕焼褪すれば塒騒ぎもな 

秋深きおそばとんとん子供ごゑ 

食卓の柿の色へと日のにじる 

散髪の後頭がさびし雁来月 

  中村草田男清一郎・直子ご夫妻の墓所へ詣る 

「清」一字「直」一字露光るかな 

落鮎も水も寂しからうに竿 

赤ん坊はどうせむつかる菩提の実 

不思議やも細き草ほど露の置く 

混みあはず  「森の座」令和2年10月号掲載

 

ヨルダンと聞こえしと思ふ秋のこゑ 

筑紫恋し筑紫とわれは母恋し 

なにかあけわたしたる空小鳥来る 

木が感じ草は騒(ぞめ)きに九月尽 

重なりてゐて混みあはず曼珠沙華 

野菊道民子の民の字が哀れ 

かかれるもかけしも淋し秋の蜘蛛 

だれだらう微笑んでゐる野菊道 

一本のここに飛火の曼珠沙華 

山風も差矢さながら秋燕 

重からぬ 「森の座」令和2年9月号掲載

 

秋さぶと鶉の卵食べにけり 

秋の藪すずめ走れる影と見ゆ 

遠い子もその子の親も月夜なり 

鰯雲西の方へと低しとも 

なぜありしもののなうなる曼珠沙華 

鶏頭の庭へ子を負ひ出で来たる 

満月のもう重からぬ高さかな 

秋の水赤子映さば奪(と)られさう 

箒草さはればやはりこはきもの 

白露も睫毛も光弾くもの 

踊るなり 「森の座」令和2年8月号掲載 

 

くろがねの五徳を磨く秋風裡 

同席の割箸を割る秋の音 

高秋の鯊の如きが旨さかな 

  兵庫津真光寺 

数珠の紐切れし如くに銀杏は 

虫が鳴くやうに我等も六字かな 

石榴実に念仏つひに踊るなり 

実石榴や厚子超二のごと踊る 

秋燕に空は愈々高まさる 

秋晴や干して鰑のぺつたんこ 

曼珠沙華さへも生きてはひと屯 

颯々と  「森の座」令和2年7月号掲載 

 

秋燕の一瞬の腋深しとも 

群青は息(やす)めるあかし秋の海 

みみず鳴く螻蛄鳴くやはりみみず鳴く 

鶏頭の肢したたかに土踏まへ 

経行(きんひん)の一足一足白露なり 

さびしさに走り出す子よ帰燕時 

秋燕下土に執して土を掘る 

水色を秋の揚羽はさまよはせ 

納豆をこをろこをろに颱風裡 

初鵙や遠を草田男颯々と

 

 

さしくぐむ  「森の座」令和2年6月号掲載 

 

そぞろ風盆近きゆゑ真菰ゆゑ 

深泉のぞきて乙女あとしざり 

藻の花やまこと流るる時と水 

青年の肘に灼け砂憑かせ来る 

松葉牡丹まだ子育ての家と見ゆ 

はや秋気箸一膳をすすぐ水 

朝顔や万神には咲(わら)ふ神 

解いてゐる踊櫓のあらはさよ 

送り火にさしくぐむ母突つ立つ子 

山鳩かそれともさびし鳩吹くか 

 

ありがたう  「森の座」令和2年5月号掲載

 

日の盛雲のさかりの軒雀 

晩涼の紙の蛙が跳びにけり 

ちやんとありがたうしなさい門木槿 

一枚の夜店の水の屑金魚 

掬はれて幸か遁げてか屑金魚 

屑金魚腹しろじろと掬はれぬ 

泳ぐ人此彼の距てとなりにけり 

水底をすべる恍惚蝸牛 

蝸牛は動くものまた眠るもの 

そこら中金魚如雨露が濡らすかな

のびきつて 「森の座」令和2年4月号掲載

 

夕立のあと人間(じんかん)を歩くなり 

色めけり蛇の触れたる草として 

衣蟬(みんみん)の鳴けば来るわが誕生日 

さつき母が通らなんだか夕顔棚 

祭壇は言の葉の場(には)アマリリス 

   今宮あぶり餅一文字屋 

竹簾とほり逸(はや)れる風のあり 

泥田はも楽しさ蛭ののびきつて 

もうすでに前後失せたる夕立中 

鱶が鰓そよがすやうな涼夜なり 

かりそめの紙に金魚の掬はるる 

馬光る  「森の座」令和2年3月号掲載

 

朝涼や濡身さながら馬光る 

朝曇触れて熱くも馬の肌 

涼しさの白馬もとより白総尾 

むしろ涼し馬糞の匂ひ乗する風 

人よりも馬体ひそけさ日の盛 

炎昼や騸馬立居を動かさず 

幼女もつ線香花火のこより屑 

門先に線香花火といふあえか 

この奥に慥か沙羅咲く家のある 

妣がわれ慈しむたび虹の立つ 

しゆぼしゆぼと 「森の座」令和2年2月号掲載

 

己が身はそんなに炒るな油蝉

すつくりと夏毛正しく日本犬 

夕焼は過去の方へと衰ふる 

しじみ蝶発ちて白詰草ゆるぐ 

そばの実は風とむすべるものらしき

しゆぼしゆぼと水ヨーヨーや宵祭

そのあとが厭なものかな蠅叩 

囲の蜘蛛がそれとも国が逆しまに 

大仏の灼かれて坐(おは)す掻氷 

大仏の背に頓生の油蝉 

歩まんず 「森の座」令和2年1月号掲載

 

太箸が用意のものの中に見ゆ

復興といひては忘れ松立ちぬ

一望の冬田肝胆ぬくとまる

朝北風へいつそ翻き出でんかな 

仁義礼智忠信孝悌龍の玉 

遊び伽とよ龍の玉草帚 

少年期より赤かつし消防車 

寒晴や雀のこゑのしたたかに 

寒晴やぴりりぴりりと烏の目 

寒晴や文字を忘れて歩まんず